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今年も三重県西弘寺住職 伊東慧明師をお招きします。
◇歩み続けて14年、いよいよ、第16講となります。
◇講義は、曽我量深先生が48年の東本願寺夏安居で講ぜられた記録、『大無量寿経聴記』にもとづいて進められました。
◇曽我先生の講義は、敗戦直後の混乱の中で、「新しい時代に即応する信仰運動」が願われているさなかのものですが、60年経った今もなお、そのいのちが失われていないことを感じます。
◇親鸞聖人七五〇回御遠忌がまもなく勤まりますが、今、大衆に求められているのは、大無量寿経の精神による〈真宗再興〉ということでしょう。
◇会館での三日間にわたるご講義は、テープから活字に起こし、毎月一度の学習会で確かめてきました。その記録は山のようになりました。いずれ形を整えて多くの方々に見ていただくことを考えています。
◇ご参加をお待ちしております。
─ 開催要領 ─
期 日 7月4日(水)午後2時より 6日(金)正午まで
会 場 岩手真宗会館講堂
会 費 10,000円
宿 泊 会館に宿泊できます。
詳しいことを知りたい方は、会館までご連絡下さい。
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昨日は『大無量寿経』学習会が行われました。参加人数は11人でした。
午前中の話題「あなたは何を着て死んでいきますか?」
年をとり、自分の人生の終わりが見えてきた今。
葬式になぜ着物を着せるのか?草履を履かせるのか?なぜお金を持たせるのか?
つまりそれって仏教なの??
何気なく葬儀屋さんの言葉に従ってるけど、お葬式というのはその人のお荘厳なのである。
ぞうり履かせたりお金を持たせたりすることは、その人が生きてきた人生、精神に、もしかしたら反するのではないか。
午前中の話題「あなたは何を着て死んでいきますか?」
年をとり、自分の人生の終わりが見えてきた今。
葬式になぜ着物を着せるのか?草履を履かせるのか?なぜお金を持たせるのか?
つまりそれって仏教なの??
何気なく葬儀屋さんの言葉に従ってるけど、お葬式というのはその人のお荘厳なのである。
ぞうり履かせたりお金を持たせたりすることは、その人が生きてきた人生、精神に、もしかしたら反するのではないか。